下五島地区年表

1997

平成9

11

 

 

 

 

 

 

22

 

23

 

 

 

 

 

 

25

 

 

 

41

 

 

 

 

 

4

 

 

413

 

 

 

427

 

 

 

 

5

 

 

 

 

 

 

525

 

526

 

 

 

622

 

 

 

 

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74

 

717

 

727

 

94

 

95

 

 

112

 

 

 

 

 

 

128

 

 

 

 

 

 

1221

 

1231

 

年頭教書「殉教者のキリスト」大司教 島本要

殉教者がその血をもってあかししたとおり、キリストは人類に与えられた唯一の救い主です。キリストは神の国の福音を述べ伝える宣教とご自分の過ぎ越しの秘儀、すなわちご受難、ご死去、ご復活によってすくいのみ業を成し遂げられました。そして御自分を信じる人々の救いの力となられたのです。ヨハネ・パウロ2世教皇は1997年を「キリストの年」と定めました。(教報)

 

派遣の十字架長崎到着

 

26聖人殉教400年記念叙階式が浦上天主堂で行われ、集まった多くの人の祈りと祝福のうちにドミニコ山本一郎師、ペトロ嘉松宏樹師、ミカエル中島誠志師の3新司祭とペトロ川口昭人、アシジのフランシスコ山田良秋、ヨゼフ岡秋美、フランシスコ・ザビエル一ノ瀬輝幸の4人の新助祭が誕生した。平野勇神父(福江教会)は受階者を前に神と人との仲介者として仕える者となるよう諭し、会衆には彼等が叙階の恵に十分こたえられるよう、より一層の祈りを求めた。(教報)

 

日本26聖人殉教400年記念荘厳ミサは、教皇特使エドムンド・カシミル・ショーカ枢機卿をお迎えして、県総合体育館において盛大に行われた。教区長・島本要大司教はこの1年を記念期間と位置づけた。下五島からも多数参加した。(教報、こころ)

 

復活祭教書「21世紀の福音宣教と司祭」大司教 島本要

司祭は教会の基本的使命で、またその存在理由である福音宣教の先頭に立つ者です。司祭は福音宣教のために主に召され、派遣されました。それで司祭は信者の司牧にあたると同時に、担当する小教区地域内に住むすべての非キリスト者に福音を述べ伝える使命を忘れてはなりません。(教報)

 

福江教会叙任司祭浅田照明師が転任され、代わりに嘉松宏樹師が叙任司祭として赴任した。(こころ)

 

下五島地区では、日本26聖人殉教400年祭記念行事の一環として、26聖人無声映画「われ世に勝てり」(弁士、聖母の騎士修道士小崎登明師)の映写会と講演会(純心大学片岡学長)があり、約800名の信徒が集まった。(こころ)

 

下五島地区では、26聖人殉教者にささげられた全免償を受けられる堂崎教会への巡礼を行った。福江教会信徒130名の参加しミサに与かった。(こころ)

 

 

 

信仰教育委員会、下五島担当司祭、真浦健吾神父(浦頭教会)は下五島地区カテキスタ養成委員会に下五島地区の現状および対策を、信仰教育とカテキスタ養成のそれぞれをうまくやっていくには、司祭団同士の一致と協力、司祭団と地区の院長会との連携、そして支部修道院の各事業所のシスターたちの理解と協力がなければカテキスタの養成もできなくなるし、教会の要理教育も十分にはできなくなると報告した。(教報)

 

玉之浦ルルド祭が行われた。(こころ)

 

特別養護老人ホームマリアの園は、敷地が狭いため旭が丘団地を通り抜けたところに新築移転することを計画し、工事をすすめていたが完了し、落成式が行われた。新しい施設は、鉄筋コンクリート2階建て、106人のお年寄りが生活できる。(こころ)

 

下五島青年会は上五島巡礼を行い、仲知教会へ行った。仲内教会は、十字架の道行きのすべての絵がステンドグラスでとても神秘的だった。江袋教会は小さな教会で下が、この教会も窓がステンドグラスでとても神秘的だった。(注、下口神父様のとき作られた)

 

司祭評議会が大司教館で行われた。まず大司教より家庭委員会設置が諮問された。次に司祭養成も時代の変化に困難を強いられており、それにこたえるべく養成のあり方を探るプロジェクトチームからの報告があり、急を要するものとして慎重且敏速に、しかも司祭団の協力のもとに取り組むことで方針が打ち出された。(教報)

 

教区行事としてペトロ・パブチスタ神父の故郷スペインへ巡礼

 

日本26聖人殉教400年記念行事、堂崎巡礼ミサ

 

初聖体のごミサがあり21名の児童が喜びの初御聖体をいただいた。(こころ)

 

敬老会

 

マザー・テレサが、カルカッタの「神の愛の宣教会」本部修道院で心臓発作のため死去した。87歳。宗教国を超えて世界の人々が彼女の死をいたみ涙した。(教報)

 

教区・地区・小教区で記念行事が行われてきた今年の日本26聖人殉教400年祭、終りに近づくなか、下五島地区では「日本26聖人殉教400年祭下五島地区閉祭ミサ」が11月2日()堂崎教会前の広場で行われた。浦頭教会から堂崎教会までの行列に続いての記念ミサに約千8百人の参列者は大きな感動と力を与えられた。

 

教区信徒使徒職評議会、福音宣教推進長崎研修会開催

 

26聖人殉教400年祭閉年ミサが島本大司教司式のもと80人の司祭団と2千人の参列者を得て浦上司教座聖堂で行われた。島本司教は「かくれキリシタンの時代はとっくに終わっています。誇りを持ってイエス・キリストの福音をのべ伝えるために社会に心と眼を開きましょう。現代はキリシタンの時代はとっくに終わっています。誇りをもってイエスキリストの福音をのべ伝える信仰者の現れを焦りの中で待っています」と説教された。(教報)

 

堅信式。(こころ)

 

長崎大司教区教勢

長崎県人口 1,537,504人  カトリック総数  69,245

福江 1,306人  浜脇 124人  浦頭 640人  奈留 507人 

水の浦 682人 三井楽 492人 貝津 207人 井持浦 263

1998

平成10

11

 

 

 

 

 

 

 

 

118

 

 

 

 

25

 

 

 

 

28

 

 

 

31

 

317

 

 

 

 

 

4

 

 

 

 

 

 

 

412

 

 

419

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524

 

 

67

 

 

 

75

 

 

 

721

 

 

104

 

 

 

1017

 

 

 

年頭教書「殉教者のように生きよう」大司教 島本要

1997年は、私たち長崎教区民にとって大きな恵の年でした。4百年前、キリストのためその尊い命をささげて殉教した26人の聖者を種々の形で顕彰し、彼らの強い信仰に触れて深く感動し、信仰の刷新を促す年であったからです。殉教者たちは、信じたことを恐れず確信を持って人々にのべ伝えました。信教の自由の世にあって、私たちは先祖からの貴い遺産である信仰を誇りと確信をもってのべ伝える子孫でありたいものです。これが為にも殉教者がそうであったように、強い信仰の人となることです。(教報)

 

大村藩からの移住200年記念ミサが福江六方海岸であり、信徒約300人が祈りを捧げた。主任平野神父は、「外海地方から移り住んだ五島は、大変きびしい土地だったと思うが、信仰を守り決して屈しなかった」と先人たちの勇気をたたえた。(教報、島の光)

 

教区主催の26聖人殉教記念ミサが西坂公園であり司祭団76人をはじめ、島本大司教、三末篤實広島司教、信徒ら約24百人が参列した。記念ミサで島本大司教は「人を大切にする愛の実践を」諭された。(教報)

 

 

下五島カトリック青年会は奥浦小学校体育館でソフトバレーとバトミントン競技をした。はじめは遠慮がちだったが次第に溌剌プレート笑いに包まれ楽しい1日だった。(島の光)

 

移動信徒の集い、今年の卒業生は27名。(こころ)

 

浦上司教座聖堂で司祭団、親族ら多くの人たちが参列、島本大司教司式のもと、司祭・助祭叙階式が厳粛に行われた。アッシジのフランシスコ山田良秋(浦上)、ペトロ川口昭人(三浦町)、フランシスコ・ザビエル一ノ瀬輝幸(飽の浦)、ヨゼフ岡秋美(黒島)の4人が司祭にミカエル大瀬良直人(大浦)、ヨゼフ松永正勝(植松)2名が助祭に叙階した。(教報)

 

復活祭教書「聖霊の交わりの中で」大司教 島本要

ヨハネ・パウロ2世教皇は、今年を「聖霊の年」と定め、聖霊についての信仰の知識を深め、聖霊に対する信仰、希望、愛を強化してキリスト生誕2000年、大聖年を迎える準備をするよう呼びかけています。私たちの信仰生活は、洗礼による夜明けから終末の完成に至るまで聖霊とともにその交わりの中で営まれるのです。この聖霊は神です。決して人を欺くことはなさいません。個々に私たちキリスト者の堅固な希望の根拠があるのです。(教報)

 

時代の要請にこたえ、司祭養成の場として新しく発足した、長崎コレジオの開学式並びに第1回入学式が大司教館で行われ、3名が入学を許可された。(教報)

 

島本大司教・アジア特別シノドス(代表司教会議)はバチカンで開催された。およそ1ヶ月にも及ぶこの重要な会議(参加者267)に日本の教会から島本大司教をはじめ6人の司教が参加した。(教報)

 

第6回井持浦ルルド祭は、聖母行列とごミサがあった。ミサは平野神父の司式で行われた。福江教会からは、バスと自家用車で130人ほどが参加した。(こころ)

 

教区信徒使徒職評議会がカトリックセンターで開かれた。司牧企画室長橋本勲神父の「使徒職とは何か」と題しての講演、島本大司教の「信徒使徒職の推進について」訓話があった。(教報)

 

下五島地区信徒使徒職親善大運動会が5年ぶりに、下五島地区福江中央公園で行われた。地区長平野神父挨拶の後、17種目の多彩な競技が行われた。中でも小教区対抗のリレー、綱引きでは暑さも忘れ身を乗り出しての熱の入れようだった。(こころ)

 

大聖年長崎教区準備委員会が発足した。長崎教区長・島本大司教は教区の皆さんに対して、「大聖年へ―『ともに開こう世紀の扉』」の呼びかけをした。(教報)

 

久賀島の牢屋の窄殉教祭130年祭は、駐日大使アンブローズ・デ・バリオ大司教司式のもと、長崎からの巡礼団を含む約5百人が参加してささげられた。大使は、福江教会で主日のミサを司式後、井持浦、三井楽、水の浦教会を訪問された。(教報)

 

大聖年準備記念行事講演会「大聖年に向け、日本の教会の展望」奥村一郎師

 

教区経済評議会連合会総会がカトリックセンターで開かれ、各教会の経済評議員106人が出席した。会務・会計報告と次年度からの会費値上げが承認された。「大聖年にむけての聖霊の働き」の講和が大司教からあった。

 

 

1999

平成11

11

 

 

 

 

 

 

 

 

120

 

 

 

25

 

 

 

 

 

29

 〜11

 

211

 

 

219

 

 

 

33

 

 

 

319

 

 

4

 

 

 

 

 

 

 

417

 

 

 

627

 

715

 

718

 

 

 

812

 

819

 

910

 

 

 

1013

 

 

 

 

1014

 

10

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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1225

 

 

 

 

 

 

1225

 

 

 

1225

 

 

 

1231

 

年頭教書「父である神」大司教 島本要

大聖年準備の直前の年となりました。この年を教皇ヨハネ・パウロ2世は「父である神」の年と定め、父である神をより良く知り、愛し、人々に伝える年とするよう呼びかけています。イエスは頻繁に「あなた方の天の父」という表現を使って神がすべての人、特に信じるものの父であると教えられました。イエスのもたらされた最大の啓示、それは神が人間の父であるという啓示です。神は罪びとの滅びでなく彼らの回心を忍耐強く待ち、回心する人をゆるし、両手を広げて抱きしめる憐れみと許しの神です。教皇は「父である神」の年の生き方として、愛の実践を提示しています。(教報)

 

大聖年準備委員会のあとを受け、大聖年長崎実行委員会の第1回会議が長崎大司教館第2会議室のおいて開かれた。大聖年の行事は原則として長崎教区独自で取り組むことになる。根底にある精神は「宣教」、基本的姿勢は「全員参加」である。(教報)

 

26聖人殉教記念荘厳ミサが島本大司教司式のもと西坂の丘でささげられた。ミサの中で長崎コレジオ院長の溝部脩神父は当時の歴史的な背景を説明し、「26聖人殉教者の中には、神様の不思議な摂理によって、殉教の冠を頂いた方々もおられた」と語った。(教報)

 

 

司祭研修会が長崎司教館で開かれた。これは、司祭生涯学習の一環として行われ、司祭の霊的学習を目指すもの。(教報)

 

司祭評議会が長崎大司教館第3会議室で開かれた。司牧企画室から提出された「教区組織の見直しのための試案」を中心に討議された。(教報)

 

長崎司教協議会は、臨時司教総会で、最近の生命科学の領域で人間の命への研究の行き過ぎが行われないようにと厚生大臣に送ることを決議し、宮下創平厚生大臣宛に「要望書・命をその始まりから大切にしてください」を提出した。(教報)

 

浦上司教座聖堂において、フランシスコ・ザビエル熊川幸徳師(井持浦)、ミカエル大瀬良直人師(大浦)、ヨゼフ松永正勝師(植松)3人の司祭叙階式とミカエル竹内英次神学生の助祭叙階式が島本要大司教司式で行われた。(教報)

 

旧五輪教会、国の重要文化財指定。長崎教区内で教会の国の重要文化財指定は、国宝の大浦天主堂、黒島教会についで3件目。(教報)

 

復活教書 「ザビエルの宣教と現代」 大司教 島本要

ザビエルの救済論は「洗礼を受けなければ人は決して救われない」という当時の神学の見解であった。この考えからザビエルは一人でも多く人に洗礼を授けるために奔走した。今日、教会はイエス・キリストを知る機会に恵まれず、したがって洗礼を受けないで死んだ人でも、神のみご存知の仕方で救いの恵みに与かることができると教えている。困難に屈することなく、喜びに燃えて宣教に奔走したザビエルの宣教の熱意こそ、現代の教会にとってもっとも大きな現代的意義、現代性なのである。(教報)

 

教皇庁福音宣教省長官ヨゼフ・トムコ枢機卿司式のミサの中で、長崎教区の神学生、尾高修一(山田小教区、壱部教会)と川原昭如(出津教会)の二人が10カ国20人の同期生とともに助祭に上げられた。(教報)

 

教区使徒職評議会研修会「大聖年に学ぶ」

 

ザビエル渡来450周年記念講演会

 

下五島地区親善球技大会が岐宿町で開かれた。今回はソフトボール男子、ソフトバレーの女子の2種目が行われた。結果はソフトボール、優勝・福江教会、準優勝・水の浦教会、ソフトバレー、優勝・福江教会、準優勝・奈留教会。(島の光)

 

島本大司教引率により、教区内の青年イスラエル巡礼

 

教区高校生大会「ザビエル様の日本に蒔いた種は今」

 

福江教会第12代主任司祭として1983年〜1988年まで司牧してくださった浜口庄八神父様は910日、午前316分、心筋梗塞のため福江聖マリア病院で帰天した。五島市平蔵町生まれで85歳(教報)

 

108日鹿児島に上陸したザビエルの聖腕は、12日に同地で引き渡され、平戸に到着、聖腕歓迎式と、前夜祭が行われ50年ぶりの聖腕との再会に長崎の信徒は喜びに湧いた。翌13日、長崎の各地から多くの信徒、修道者、司祭が集いザビエル渡来四百五十年記念荘厳ミサが平戸文化センターで行われた。(教報)

 

ザビエル祭閉年ミサ、聖腕引渡し式(福岡教区へ)

 

大聖年教書 長崎大司教 フランシスコ・ザビエル 島本 要

いよいよ、キリスト生誕2000年、大聖年の聖門が開かれます。「聖門」はキリストを意味します「私は門である。私を通って入るものは救われる」(ヨハネ109)「門を通る」とは、キリストを信じ、キリストを人々にのべ伝え、キリストの愛に生かされて一人一人を許し愛することです。大聖年は信仰のあかし、また、キリスト者の信仰を助けるしるしとして設けられました。大聖年は、2千年に起こったベトレヘムでのイエスの誕生の単なる想起ではありません。大聖年は、今も生きておられるイエス・キリストの命に、信仰によって人々が誕生するように働く宣教精神の高揚のとき、第3千年期の扉を開けて福音宣教の力強い第1歩を踏み出す、私たちのたびたちの時です。

 

玉之浦ルルド百周年記念祭は、下五島は勿論、上五島、長崎から信徒約3千人が集まって開催された。下五島各教会の漁船が大漁旗を船一杯に飾りつけ井持浦湾に華やかに入港して始まった。また井持浦教会の堅信式が式典を盛り上げた。(教報、島の光)

 

福岡アークホテルおよび大名町教会を会場として、西日本宣教司祭大会が開かれた。この大会はザビエル渡来4百5十年祭西日本委員会が主催したもので「新しい福音宣教―第3の千年紀に向けて」のテーマに沿ってともに祈り協議した。(教報)

 

浦上司教座聖堂において大聖年開年ミサが行われた。開年ミサのテーマは「開く」ということ。扉を開き、聖書を開き、心を開く。教会前で扉を開く式が島本大司教によってなされた。開かれた門をくくることによって大聖年の扉を象徴的にくぐることとなった。島本大司教は説教の中で「大聖年は恵の年である。門を開いて中に入ることはキリストを通ることであり、永遠の命に入ることを表す。自分のエゴイズムから脱皮して神に、社会に、人々に心開くこと」と述べた(教報)

 

宣教は神との交わり、すなわち祈りから始まる。大聖年期間中全員参加の祈りのリレーが行われる。開年ミサの終わりに祈りのリレーの出発式を行った。教区7地区の代表者2名は出発式にバトンとなる十字架、ローソクを受け取った。(香放)

 

教区内に大聖年のための巡礼地が各地区に指定された。下五島地区では、福江と井持浦、なお巡礼教会には記念スタンプが準備されている。巡礼者には全免償が与えられる。この免償は自分のためのみならず煉獄の霊魂に譲ることができる。(教報)

 

長崎大司教区教勢

カトリック信徒数 67,733

下五島地区4,058人(福江1,258人、浜脇119人、浦頭623人、奈留495人、

水の浦672人、三井楽448人、貝津185人、井持浦258人)。

 

 

2000

平成12

11

 

 

1

 

1

 

25

 

 

 

 

28

 〜9

 

 

 

227

 

33

 

 

 

 

312

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 

 

 

511

 

5

 

 

 

521

 

 

 

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612

 

 

 

 

613

 〜16

 

 

 

615

 

620

 

 

 

625

 

 

 

718

 

720

 

 

 

720

 

89

 

811

 

816

 

824

 

1015

 

 

 

 

1022

 

1022

 

 

 

115

 

 

 

 

1128

 

 

1128

 

 

 

 

1210

 

 

カトリック教報、題号を「よきおとずれ」に変更。発行所はカトリック教報社改め教区広報委員会となる。

 

信仰教育部、大聖年のための資料集作成

 

教区信徒使徒職評議会は福祉ネットワークのホームページを開設

 

日本26聖人殉教記念ミサは、あいにくの小雨模様となり場所を移して中町教会で行われた。教会聖堂には入りきれず人々は境内にあふれた。黙想の家の岡俊郎神父は「大聖年の祈りを信仰の素晴らしさと恵の豊かさを味わいつつ、信仰の先輩である殉教者の皆さまと心を合わせて祈りましょう」説教された。(教報)

 

司祭評議会主催の第3回司祭研修会が、「教区組織の見直し〜望まれる宣教体制造りのための組織について〜」をテーマに大司教館で開かれた。島本大司教は、「新しい教区組織作りは長崎教区にとって重大な課題であり、みなさんの意見を参考に積極的に教区組織作りに生かしたい」と述べた(教報)

 

ジョシスト(JOC)カトリック青年労働者連盟の集い

 

司祭召命の減少が深刻になっている日本の教会にあって、長崎大司教区では今年も一人の司祭と助祭の叙階式を祝った。島本大司教は浦上司教座聖堂においてミカエル竹内英次(三浦町)の司祭叙階とドミニコ岩本繁幸(福見)の助祭叙階をとりおこなった。(教報)

 

下五島地区カトリック青年会は、岐宿のB&G体育館にてスポーツ大会を行った。年々参加者が少なくなり今回は、福江教会4名、浦頭教会4名、他地区3名の計11名の参加だった。(島の光)

 

四旬節教書「父のところへ行こう」大司教 島本要

大聖年は、私たちが回心して、罪の赦しを受け「父のところへ帰り」聖なる者、神のみ心にかなうものとなる恵の年です。それで赦しの秘蹟に頻繁に近づくようにお勧めし、司祭たちには喜んで赦しの秘蹟を執行するようお願いします。許しの秘蹟の頻度については、大罪に意識のある人は速やかに罪を告白し、罪の許しを受けてください。奉献生活者には、2週間に一度、少なくとも3週間に一度の告解が勧められています。信徒の告解については明示されていませんが、月に一度の告解を是非お勧めします。(教報)

 

玉之浦ルルド祭

 

教区信徒使徒職評議会は、大聖年実行委員会・宣教聖体大会部とタイアップして、5月の第1、2、3週の日曜日ミサ参加者の調査を実施した。参加者は男32.6%、女44.8%、平均39.2%だった。青年は19%で教会離れが読み取れる。

 

17回目の雲仙殉教祭が約22百人の信徒を集めて行われた。初めは小さな集まりであった雲仙の殉教祭も教区行事の大きな柱となり今や盛大な行事として定着した。今年は大聖年の年であり、好天にも恵まれ多くの参加者が祈りと巡礼をささげた。

(教報)

要理教師の会、創設30周年教区縦断巡礼リレー開始

 

教皇ヨハネ・パウロ2世によって、仙台教区の第8代教区長にフランシスコ・ザビエル溝部脩師、大分教区の第6代教区長にドミニコ宮原良治師が任命された。長崎から2人の司教が同時に誕生した。

 

 

長崎教区司祭の黙想会が長崎大司教館で行われた。大聖年の記念の年ということもあって説教師には金枢機卿(前ソウル教区長)が招かれた。金枢機卿は流暢な日本語でわかりやすい黙想を行い、聖書を中心に司祭はどうあるべきかについて指導した。(教報)

 

3回教区大聖年巡礼団出発

 

司祭評議会が、長崎大司教館において開かれた。司祭評議会は大司教の諮問機関であり、全司祭を代表して会議がなされる。今回のおもな議題は、司祭評議会規約の見直し、評議会役員の人選、人事顧問の陣さんなどであった。

 

宣教聖体大会(長崎大司教区・長崎地区共催)は、長崎県立総合体育館で開き、4千人の信徒が参加し、新しい世紀へ向けての宣教を目指し力強い一歩を踏み出した。(教報)

 

下五島地区主催「大聖年宣教聖体大会」

 

浦上司教座聖堂で、司祭・助祭叙階式が行われ、ドミニコ岩本繁幸師(浜串・福見教会)、ガブリエル尾高修一師(山田・壱部教会)、ミカエル川原昭如師(出津教会)の3司祭と2助祭が誕生した。

 

お告げのマリア修道会、聖マリア病院増改築落成

 

大聖年平和祈願祭

 

「キリストを見つめる2千の瞳」のテーマのもと、大聖年教区子供大会が大村市のシーハット大村で開催された。会場には長崎教区全域から2千を超える小・中学生が集まった。(教報)

 

教区高校生大会、サマーキャンプIN五島開催

 

25回・2千年大聖年「大村殉教記念祭」は長崎大司教区、大村殉教祭実行委員会の主催で大村市の「シーハットおおむら」で行われた。司式者島本大司教は「大聖年行事の一環として殉教者にならい、信仰の歩みを新たに決意するために私たちは参りました」と述べ記念ミサに入った。(教報)

 

長崎教会管区神学生養成者研修会

 

下五島地区主催の「大聖年宣教聖体大会」は、約2千5百人の参加者を集めて盛大に開催された。福江教会から聖マリアの園までの「聖体行列」の後、聖マリア敷地内での「野外ミサ」が行われた。(教報、島の光)

 

大聖年を記念して開かれている各地区ウルトレヤ(クルシリヨ修了者の集い)の5回目を下五島では、福江教会で行い、150人が集まった。烏山邦夫、下窄英知両神父が講和を行い、現実の生活の中で福音的に生きることなどが強調された。(教報、島の光)

 

期間最後となる大聖年実行委員会が長崎大司教館で行われた。中心となる議題は大聖年を締めくくる閉年式について。(教報)

 

司祭評議会が大司教館で行われた。主な議題は信徒の年の黙想会と教区組織見直しについて。年の黙総会については教区共通のテーマを設けてみてはどうかとの意見が出された。教区組織見直しについては、来年度から財政と人材の整ったものから立ち上げていく。(教報)

 

「井持浦ルルド水の聖母堂」が落成した。この建物、井持浦小教区にとっては信徒会館だが、井持浦ルルドを訪ねる巡礼者にも開かれており、宿泊も可能。(教報、島の光)

 

 

2001

平成13

11

 

 

 

 

 

 

 

 

13

 

13

 

 

 

124

 

25

 

311

 

 

 

41

 

 

 

 

 

 

41

 

 

41

 

520

 

 

 

520

 

 

 

 

610

 

 

6

 

720

 

 

 

 

811

 

817

 

92

 

 

 

914

 

915

 

920

 

 

 

 

 

1114

 

 

 

1128

 

 

121

 

年頭教書「命の文化」大司教 島本要

今世紀を通して取り組まなければならない宣教の課題は山ほどありますが、特に優先すべき課題は「命の文化」「愛の文化」の推進ではないかと思います。20世紀はヨハネ・パウロ2世教皇が言っているとおり、人間の命を軽視する「死の文化」があまりに支配的でした。その根底にあったもの、それは経済優先の政策と価値観でした。どんな命であれ、生きることが保証され、人間の尊厳と権利が護られ、安心して生きていくことができる世界の実現、すなわち「命の文化」の推進ではないでしょうか。(教報)

 

長崎大司教区、21世紀の公式シンボルマーク決定(教報)

 

浦上カテドラルで長崎教区の大聖年閉年ミサが島本大司教司式で行われた。島本大司教は説教の中で「全員参加、福音宣教への取り組みという大聖年の精神は、命に対する愛と奉仕という形で引き継がなければならない」と述べた。(教報)

 

司祭評議会が長崎大司教館で開かれた。議題は教区組織見直しの検討。(教報)

 

26聖人殉教記念ミサが小雨の中西坂の丘で行われた。(教報)

 

奈留小教区巡回教会の江上教会の補修が完成し、3月11日完成ミサが行われた。同教会は1918年献堂、名工鉄川与助の手による木造の教会としては後期のもので奈留町文化財の指定を受けており県文化財への格上げ申請中。

 

復活教書 「親子について」 大司教 島本要

子どもは夫婦の愛の実りとして父なる神が二人にお与えくださる賜物です。親子を結ぶきずなは愛のきずなです。わが子を養い、あらゆる危険から守り育てるために注がれる親の献身的な愛。親に全幅の信頼を寄せて疑うことを知らない子どもの愛。この親子の愛があれば家庭は明るい笑い声でにぎわい、両親の日日の苦労も疲労もいやされるのです。(教報)

 

教区刷新を目指して、11委員会(宣教・生涯養成・信仰教育・典礼・財務・広報・家庭・召命・青少年・福祉)設置発足宣言(教報)

 

司牧企画室を廃し、教区本部事務局発足

 

井持浦ルルド祭が5月20日行われ、下五島地区の各教会から約700人が参列。教会下のグランドからルルドまで聖母儀行列を行った。平野神父は「子後にルルドを造ったペルー神父さまに感謝しましょう」と説教された。(教報)

 

雲仙殉教祭が雲仙のメモリアルホールで行われ島本大司教司式によるミサがささげられた。島本大司教は説教で「この地で殉教したパウロ内堀作右衛門ら16人、ヨハネ松竹庄三郎ら10人の殉教者の輝かしい遺徳は、私たちの信仰を強め成長させ、同じ信仰を人々にのべ伝える宣教へと駆り立ててくれます」とのべた。(教報)

 

福江、浦頭小教区交流会が行われた。男子はソフトボール、女子はソフトバレーで汗を流した。参加者は百数十名にのぼり大盛況だった。(島の光)

 

「宣教する長崎教区をめざして」の祈り作成

 

司祭・助祭叙階式が浦上教会で行われ、今世紀最初の教区司祭が誕生した。司祭となったのは、ドミニコ岩本繁幸(浜串・福見教会)、ガブリエル尾高修一(山田・壱部教会)、ミカエル川原昭如(出津教会)の3人で、助祭は、パウロ葛島輝義(奈留教会)、ペトロ前田達也(紐差教会)の2人である。(教報)

 

長崎、福岡、大分、鹿児島四教区の青年会、大村で合同キャンプ

 

聖ビンセンシオ・ア・パウロ会 第21回全国大会長崎で開催

 

9月2日、福江教会信徒会館で教区費改定について説明会が開かれ、下五島地区各小教区の経済評議員25人と地区司祭7人が参加した。地区長平野勇神父から教区費改定に向けての経過説明、その後質疑応答に入り意見がまとめられた。

 

「ヨアキム・アンナ信心会」長崎教区に発会

 

「長崎の教会群を世界遺産にする会」発足

 

邦人司祭誕生4百周年

1601920日、ルイス・セルケイラ司教は長崎の聖母被昇天の教会で最初の二人の邦人司祭の叙階式を執り行った。セバスチャン木村神父とルイス・ニアバラ神父である。二人の司祭はともに平戸出身だった。徳川幕府の迫害のときも邦人司祭は増え1601年から1640年の間に40人が叙階され19人は殉教者となった。(教報)

 

上五島の青砂ケ浦教会と頭島教会は国の重要文化財指定された。日本人によるレンガ造りの教会堂としては初めての国指定となる青砂ケ浦教会と、西日本では珍しく石造りで教会史上価値あるものとされている頭島教会は鉄川与助が手がけたもの。(教報)

 

司祭評議会が大司教区で行われた。おもな議題は信徒の年の黙想会と教区組織見直しについて。

 

教区使徒職評議会は、時代のニーズにこたえる宣教体制を作るため、「宣教する長崎づくりに使徒職は何をすべきか」をテーマにカトリックセンターで会議を開いた。

 

2002

平成14

11

 

 

 

 

 

 

 

 

 

120

 

 

120

 

 

129

 

 

26

 〜8

 

 

27

 

 

 

 

217

 

 

 

33

 

 

 

 

41

 

 

 

4

 

 

 

4

 

 

 

 

 

 

 

4

 

4

 

 

 

416

 

429

 

 

 

429

 

 

518

 

 

721

 

 

 

729

 

 

 

 

85

 

 

 

 

89

 

 

 

 

 

 

824

 

831

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

93

 

 

 

921

 

 

 

 

10

 

 

 

 

1015

 〜17

 

 

 

 

1027

 

 

 

1121

24

 

 

 

 

 

 

 

年頭教書「教区財政の健全化をめざして」大司教 島本要

教区の宣教・司牧活動を「主のみ名によって」力強く推進するためには、全教区民の堅固な信仰と安定した財政的基盤が必要とされます。(中略)長崎教区では、教区費額は1978年(昭和53)以来23年間、据え置きとなっています。一方、必要経費は(中略)増大しています。(中略)この逼迫した教区財政を是正するため、左記のとおり教区費の改定を実施したいと思います。1.従来の世帯単位の負担を改め、教会法の規定どおり、収入のある人が各自の分に応じて教区費を負担していただくことにいたします。(中略)この度は収入の0.3%例えば、月10万円の収入に対して300円を教区費として献金していただければと思います。(教報)

 

19924月に現役司牧生活を引退後、2年程前から病床生活を送っていた今村留市神父は1月21日午前015分、脳梗塞のため聖フランシスコ病院で帰天。88歳。

 

下五島地区信徒使徒職評議会主催の下五島地区信徒研修大会“記念講演とコンサート”は、同地区連合婦人会後援で、福江文化会館で開かれ盛会だった。

 

恒例の司祭団マラソン大会が、堂崎教会堂から福江教会までの約9キロの区間、松永正勝神父(中町教会)4連覇果たした。

 

「諸委員会第1期活動計画」をテーマに司祭研修会が行われた。昨年4月1日、正式に発足した11委員会の向こう3年間の活動計画を総花的に見渡してみようという狙いで開かれた。(教報)

 

教皇ヨハネ・パウロ2世は教区補佐司教として、教区司祭ヨゼフ高見三明師を選任した。高見被選司教は1946321日生まれ、55歳。長崎市三ツ山教会出身。72320日の司祭叙階後、ローマで神学過程、聖諸学を研究。福岡大神学院教授、同院長を経て、現在、同神学院教授。(教報)

 

長崎コレジオ(院長中島健二神父)は大浦教会で第1回卒業式を挙行した。最初の卒業生となったのは、高谷信和神学生(黒崎教会、22歳)、野濱達也神学生(中町教会、22歳)2人は4月から吹く丘スン・スルピス大神学院進学する。(教報)

 

教区内外から115人の司祭団と多くの修道者、信徒が参集して、浦上教会で3司祭と2助祭の叙階式があった。司祭叙階式に臨んだのは、パウロ葛島輝義(奈留)、ペトロ工藤秀晃(本河内)アントニオ鶴崎伸也の3名の助祭。また助祭叙階を受けたのはペトロ竹谷誠(仲知・米山教会)、ペトロ本田靖彦(浦上教会)の両親学生。(教報)

 

「要理教師の友」誌が、創刊当初の目的を果たして、この春号をもって廃刊となった。信仰養成講座修了者立ち相互の連絡紙としての役割は、みことばの友の会の会報が引き継ぐ。

 

教区費が次のように改定された。1.従来の世帯単位の負担から、収入のある人一人一人が協力する。2.金額を決めてではなく、収入のある人が各自その分に応じた「おささげ」によって協力する。(教報)

 

復活教書「補佐司教の誕生を喜ぶ」大司教 島本要

救いの福音を人々に宣べ伝える信仰共同体として21世紀の大海原に船出した長崎教区に、神は司祭、高見三明師を補佐司教として与えてくださいました。この任命は、長崎教区に注がれる神の恵みであると同時に、神が教区に寄せている期待のあかしでもあります。(中略)高見司教さまは、教理神学と聖書学を専門的に学ばれた方です。学識豊な司祭を、21世紀の初めに司教として長崎教区にお与えくださった神にあらためて感謝し、心からの喜びをもって迎え、協力していきましょう。(教報)

 

15代主任司祭、浜口末雄師着任(20024月〜20063月)

 

長崎県教育委員会は、奈留教会(主任山村憲一師)の巡回教会、江上教会を長崎県の文化財に指定した。同教会は1917年建設の木造平屋、一部2階。聖堂内はアーチ式。故鉄川与助氏の建築。

 

日本26聖人西坂殉教地を長崎教区巡礼所に制定

 

教皇ヨハネ・パウロ2世によって、教区補佐司教として教区司祭ヨゼフ高見三明師が任命されてから3ヵ月後、駐日教皇大使エムブローズ・デ・パオリ大司教をお迎えして、島本要大司教の司式のもとに司教叙階式が行われた。(教報)

 

「要理教師の友」廃刊を受けて、後継誌として「言の波」創刊、隔月発行されることになった。(教報)

 

19984月に現役司祭生活を引退、昨年叙階50年を祝った浜崎渡神父が5月18日午後130分脳出血のため大司教館で帰天した。76歳。(教報)

 

下五島地区信徒使徒職主催の大運動会が福江市中央公園グランドで行われた。地区8つの小教教区から老若男女1500人が集まり、かけっこに玉入れ教会対抗の綱引きとリレーなど、大きな盛り上がりを見せた。

 

教区高校生大会が井持浦教会の水の聖母堂で開催された。1日目は巡礼。堂崎天主堂から半泊教会へ迫害を逃れてきびしい場所に移り住んだ祖先たちの信仰にふれた。2日目はレクレーションおよびカトリック高校生のあり方等について意見交換が行われた。

 

召命委員会主催、「第1回召命フェスティバルin五島」は、「コンカナ、センカナ、ナランカナ」と銘打って開催された。全地区から24小教区の小学生(小36292人が集い、まず、福江教会で島本大司教司式による召命祈願ミサ、午後から福江小学校体育館で神学生による演劇やレクリェーションを楽しんだ。(教報)

 

教皇ヨハネ・パウロ2世の平和呼びかけに応えるため、2002教区平和祈願祭が浦上教会と平和公園で行われた。高見司教司式の祈願ミサには戦争や憎しみのない平和な世界の実現を願って1500人が参列。光の行列に続く平和アピールでは、エルサレムでの紛争をはじめ、至る所で争いが絶えない今日の世相を背景に、まず私たち自身の平和からはじまることを再確認する意味で「父よ、お赦しください」「一つにして下さい」と全員で唱え、夜の長崎から平和を訴えた。(教報)

 

家庭委員会、第1回「命と家庭のセミナー」開催

 

長崎大司教区第8代教区長、フランシスコ・ザビエル島本要大司教は、831日午後1030分、肺炎のため長崎市の聖フランシスコ病院で死去した。70才。

大司教は、日本人としてはじめてローマ教皇庁の外交官となり、66年から73年までインド、キューバ、ブラジルの教皇庁大使館に勤務、75年横浜小神学院院長、79年浦和司教と国内外で活躍し、92年と98年からそれぞれ3年間、日本カトリック司教協議会会長を務めた。1990年の長崎大司教就任以来12年間、長崎教区長としての業績は数多く、大司教館建設、第2回福音宣教推進全国会議長崎大会、日本26聖人殉教400年祭、ザビエル渡来450年祭、大聖年と数々の記念行事をこなして宣教する教会を目指す一方、21世紀の長崎教区を見据えて組織の見直し、財政改革に力を注いだ。(教報)

 

フランシスコ・ザビエル島本大司教の教区葬は高見司教司式によって、ローマ教皇庁大使パオリ大司教、17人の司教団、180人の司祭団、信徒3千人の参列のもと、浦上教会でしめやかに執り行われた。

 

日本カトリック正義と平和全国集会長崎大会開催

 

「世界遺産と長崎の教会」パネルディスカッションと基調講演、カトリックセンターで開催

 

教皇ヨハネ・パウロ2世は、ロザリオがキリストに向かう祈りであることを強調するためにこれまで三つの玄義(喜び、苦しみ、栄え)に加え「光の玄義」を提案され、さらに10月から来年10月までを「ロザリオの年」と宣言し、ロザリオの祈りを頻繁に、そして大切に唱えていくよう呼びかけた。

 

教皇庁文化評議会主催の「アジア地域研修会」が「アジアの諸文化にキリストを告知する」をメーンテーマに長崎純心大学を会場に開催された。同研修会にはバチカンから文化評議会会長プパール枢機卿、同文化評議会顧問、カトリック教育省秘書ビタウ大司教他、文化評議会秘書担当の二人の司祭をはじめ、アジア各国を代表する評議員として枢機卿、大司教、司教、司祭そして学者たち多数が参加した。(教報)

 

秋の五島列島、チャーチウィーク(主催五島観光連盟、後援長崎大司教区、協力長崎の教会群を世界遺産にする会)が堂崎天主堂で開かれ、一般市民やカトリック信徒ら150人が参加した。

 

第106回クルシリヨは、1121日〜24日、井持浦教会ルルドの水聖母堂で、7小教区から男子11人、女子20人計31人が参加して行われた。参加者は次のとおり。福江9、浜脇1、浦頭5、水の浦六、三井楽4、貝津1、井持浦5

 

聖アウグスチノ修道会、来日50周年記念ミサ

 

ショファイュの幼きイエズス修道会、来日125周年記念行事

 

 

2003

平成15

11

 

 

 

 

 

 

1

 

 

122

 〜26

 

 

25

 

 

 

212

 〜13

 

 

216

 

32

 

 

 

 

34

1031 

 

 

 

 

330

 

4

 

 

 

 

 

 

54

 

5

 

 

 

 

518

 

525

 

 

 

61

 

 

 

 

61

 

 

61

 

 

 

83

 

 

89

 

 

 

 

 

 

815

 

 

 

 

831

 

 

 

 

 

104

 

 

 

 

 

1026

 

 

 

1026

 

 

 

 

1125

 〜26

 

 

1213

 

 

 

1214

 

年頭教書 「教会は交わり」 補佐司教 高見三明

第2バチカン公会議は『教会憲章』(1964年)の冒頭で、「教会はキリストにおけるいわば秘蹟、すなわち神との親密な交わりと全人類一致のしるしであり道具である」と教えています。つまり教会は、キリストを通して神と親しく交わりお互いに兄弟として一致した信者の共同体であり、その交わりと一致を他の人々の間に実際に広めていく使命を持っているのです。

 

教会は交わりの教書を受け、昨年翻訳出版された「カトリック教会カテキズム」について学ぶための研修会を113日佐世保、126日長崎、216日五島で開催

 

マニラで開催された教皇庁家庭評議会主催、第4回「家庭についての世界会議」が開かれた。テーマは「キリスト者の家庭・第3千年期のためのよい知らせ」日本から高見司教ら9人が参加した。(教報)

 

26聖人殉教記念ミサが雨のため会場を西坂公園から変更して中町教会で行われた。記念ミサは高見三明補佐司教司式、64人の司祭団、1100人を越す信徒が参列して行われた。(教報)

 

「小共同体づくりのあり方」を主要テーマに、司祭研修会が大司教館で行われた。プロジェクトチームが作成した「小共同体づくりのため班長養成用テキスト(案)について、およびそのテキストを使った研修会の在り方について検討が行われた。(教報)

 

朗読奉仕者のための、聖書朗読研修会

 

司教座聖堂の浦上教会において高見三明司教司式のもとに、119人の司祭団と多くの修道者、信徒が参列。ペトロ竹谷誠(仲知・米山教会)、ペトロ前田達也(紐差教会)、ペトロ本田靖彦(浦上教会)の3人の助祭が司祭にステファノ岩下和樹(貝津教会)神学生が助祭に叙階された。(教報)

 

教区では、教皇ヨハネ・パウロ2世の意向を受け、記念すべき年を意味あるものにするため、ロザリオ年「巡礼指定教会」の設置を決定した。期間は灰の水曜日(35日)から10月末日まで。条件を満たせば部分免償が受けられる。

下五島地区巡礼指定教会は、水の浦教会(被昇天の聖母)、井持浦教会(ルルド出現の聖母)、牢屋の窄殉教記念聖堂(殉教者の元后)

 

教区家庭委員会主催講演会「私たちは世界平和実現のために何ができるか」

 

復活祭教書 「復活したキリストにあやかる」 補佐司教 高見三明

イエスがわたしたちのために命を捨ててくださったことによって愛を知りました。「だから私たちも兄弟のために命を捨てるべきです」(1ヨハネ316)したがって、復活したキリストにあやかるとは、自己中心的な力から解き放たれていることだけではなく、自分を神および他の人と分かち合うこと、他の人を苦しみから解放し生かすために自分を喜んで与えることにあります。

 

ロザリオの年の行事として、地区ごとに「ロザリオの祈り」リレー開始

 

日本の教会のための要理書『カトリック教会の教え』がカトリック中央協議会から発行された。「カトリックの教えとは何か」について総合的に述べた日本司教団公認の書籍として1936年発行の『公教洋理』(後にカトリック要理)以来67年ぶりの出版となる。(教報)

 

20回「雲仙殉教祭」は10年ぶりに雲仙教会下で行われた。高見司教、司祭団30人をはじめ教区内外から1300余人の信徒が参列した。結城了悟神父は説教で「パウロ内堀作右衛門は、雲仙の煮えたぎる泥湯に落とされた。最期の言葉は『聖体は賛美されますように』私たちは殉教者の徳が全世界に知られ、また列福されるよう祈りましょう」と結んだ。(教報)

 

教区信徒使徒職総会がカトリックセンターで開かれた。活動方針は@信徒使徒職活動の活性化A生涯養成の取り組みB愛の精神を育もう、に決定した。小テーマの一つに「聖書に親しむ運動の推進」を上げ、6月から10月までを新約聖書の愛読運動を呼びかけた。

 

信徒使徒職の呼びかけにこたえ、全信徒を対象に第1回聖書愛読マラソン大会始まった。期間は61日〜1031日まで。

 

好天に恵まれた井持浦ルルド祭は、漁船20隻がパレード、下五島地区の各教会から約600人が参加して行われた。地区長の浜口神父は「新しい天は私たちの間からすでに始まっています」と呼びかけロザリオ行列が始まった。

 

コンベンツアル聖フランシスコ修道会ヨゼフ清川武夫神父は、心筋梗塞のため湯江修道院帰天。81歳。福江市奥浦町出身。

 

これまでの浦上教会から平和公園に場所を移して平和祈願祭が行われミサがささげられた。高見司教は説教で「平和憲法は単なる理想でなく。私たちが実行しなければならないことです。一人一人が誰にも暴力をふるわず、また暴力を振るわれる原因を作らないように。誰をも敵にせず、誰の敵にもならないようにしなければなりません。そのために平和そのものであるキリストの教えを理解し、その模範に倣いましょう」と訴えられた。(教報)

 

聖母被昇天祭の815日、下五島の信徒約1000人が水の浦教会そばの漁津ケ崎公園に集い、平和祈願祭を行った。下五島各教会の漁船が特大ロザリオを掲げ海上パレード。パレード後は港に集合、講演まで歳暮行列を行った。浜口末雄地区長は説教で「奉仕に励む人を神は決して見捨てない」と神の恵みについて述べた。

 

島本要大司教が昨年突然の病で天に召されて1年迎えたこの日、浦上教会で高見司教司式での追悼ミサが行われ、司祭団、修道者、信徒が多数集い生前中の大司教を偲んだ。高見司教は説教で「1年前、信じることのできないことが起こりました。今、目に見える牧者がいないので不安でしょうが、信じてともにキリストの道を歩きましょう」励ました。(教報)

 

神言会会員6人の司祭叙階式が名古屋市南山教会で、名古屋教区長・野村純一司教司式のもとに行われた。司祭叙階の恵みを受けた6人の中には、長崎教区出身、アウグスチヌス赤尾道夫(城山教会)、ミカエル新立大輔(褥崎教会)、フランシスコ・ザビエル山田利彦(浦上教会)の3人がおり、両親、親族関係者多数が参列し感動を分かち合った。(教報)

 

教皇ヨハネ・パウロ2世が宣言した「ロザリオの年」が終了した。長崎教区では1026日を教区における「ロザリオの日」と定め、この日、教区と各地区で閉幕の典礼行事が行われた。(教報)

 

下五島では、久賀島「牢屋の窄」殉教祭が行われた。聖マリアの園から記念聖堂までマリア像を先頭にロザリオ行列が行われた。このマリア像は井持浦ルルドを出発し、夏に水の浦教会、海を渡って久賀島へとつながれ、巡礼指定教会をたどったもの。(教報)

 

日本の宗教者代表が浦上教会とカトリックセンターに集い、世界の恒久平和をながって第25回世界連邦平和推進全国宗教者長崎大会が開催された。テーマは「戦争、もうやめよう」(教報)

 

長崎南山中・高校で長崎カトリック教職員協議会総会が開かれた。「カトリック学校の教職員に求められるもの」と題し「カトリックの人間観」「神と人との交わり」について高見大司教は講話があった。(教報)

 

高見三明大司教の着座式が浦上司教座聖堂で厳粛のうちに執り行われた。大司教着座の祝いと教区の発展を願って教区内外から2000人が参列。この着座式の中で大司教は「宣教する長崎」「開かれた教区づくり」を更に推し進める決意を表明した。(教報)

 

 

2004

平成16

11

 

 

 

 

 

 

 

120

 

125

 

 

 

 

25

 

 

 

 

329

 〜30

 

 

4

 

 

 

 

 

 

 

 

4

 

 

420

76

 

425

 

522

 

526

 

 

 

 

529

 

629

 

811

 

920

 

1010

 

 

 

 

 

 

 

 

年頭教書「長崎教会の目標と挑戦」大司教 高見三明

本教区の目標を掲示したいいお思います。(中略)(1)教区の誰もが各々の召命に応じた「参加する教会」(2)過程から教区まで開かれつつ一つになる「交わる教会」(3)積極的にキリストを「宣教する教会」です。(中略)そこで次のことに挑戦してみましょう。(1)祈りやミサへの積極的な参加(2)聖書を朗読して他の人々と分かち合い、要理を学ぶ(3)長崎教区を自分たちの教会と考えて、霊的・経済的に助け合う(4)諸宗教や多国籍の人々に心を開く。(教報)

 

1「小共同体作り」に向けての第2回入門講座準備のための司祭研修会

 

教区家庭委員会は、カトリックセンターで「今、家庭で、子どもにどう向き合ったらよいか」をテーマに講演会を開催した。講師は西九州大学大学院健康福祉学研究科の西村喜文助教授。西村氏は臨床心理士として、多くのケースを取り上げながら、乳幼児期子育ての重要さ、思春期における父親・母親の役割について話された。(教報)

 

司祭研修会が児島達実教授(純心大学)を講師にお招きして「臨床心理の立場からみた社会の病理」をテーマに大司教館で行われた。30年前と現代の親子関係の変化や女性が子どもを生む生まないを「選択する」志向があるなど結婚を前にした若者の指導にあたる司祭にとり意義ある講演となった。(教報)

 

各教会に高校生会の活動が皆無に等しい情況の中で、なぜ若者が教会に足を運ばないのか、今の教会に魅力がないのか、はたして責任は誰にあるのか、黙想の家で「かかわる」をテーマに教区高校生研修会が行われた。(教報)

 

復活祭教書「参加する教会」大司教 高見三明

「参加する教会」これは、洗礼、後聖体、神の言葉にあずかることを前提とし、皆が家族のように自分たちの教会をつくっているという自覚を持って生き行動する教会のことです。(中略)教会は一つですが、様々な人たちで構成さえています。皆がそれぞれなくてはならない人たちです。老若男女、障害者、病人、誰であれ教会全体の善や益のために寄与することができるし、またすべきです。しかし、常に「愛するため」です。愛は差別や分裂や争いではなく、どんなときも一致と平和と助け合いを目指すからです(1コリ121231)(教報)

 

日本国内外のカトリック教会を多くの資料と統計、特集記事などでまとめた「カトペイディア2004」がカトリック中央協議会から12年ぶりに発行された。(教報)

 

1回「小共同体入門講座」がカトリックセンターで開講された。11小教区・7修道会から72人が受講した。(教報)

 

典礼委員会「共同祈願の作り方」研修会

 

日本カトリック女性団体連盟創立30周年長崎大会開催

 

司祭評議会が高見大司教着座にともない新たに任命され、第1回の評議会が大司教館で行われた。司祭評議会は神の民の司牧及び宣教をもっとも効果的に促進するために教区長を補佐し、司祭同士の兄弟的一致と対話を促進し、その性格は教区内の全司祭を代表するものであって、教区長の諮問機関である。(教報)

 

聖ヨアキム・アンナ高齢者の会全国大会長崎で開催

 

高見三明大司教、バチカンにてパリウムを受ける

 

教区高校生大会開催

 

典礼委員会主催研修会「聖体礼拝と賛美式」

 

聖体の特別年、開年行事

聖体の年を実りあるものにするため、教区から4つの指針が示された。1.聖体の秘蹟について学ぶこと2.ミサと生活とが結びつくよう考え、工夫すること3.聖体への信心を深める典礼行事を積極的に取り入れること4.聖体に関する体験の作文や聖歌作曲の募集。

下五島地区では、「御聖体について」の子供作文コンクールを実施し「井持浦ルルド祭」で作文の表彰式を織り込んだ。

 

2005

 

平成17

11

 

 

 

 

 

 

 

 

321

 

 

 

42

 

 

 

 

 

 

4

 

4

 

 

417

 

 

 

419

 

 

 

424

 

 

 

 

51

 

515

 

 

 

87

 

 

 

89

 

 

89

 

 

 

 

102

 〜23

 

 

1030

 

 

 

 

123

 

 

 

 

1217

 

年頭教書、「ミサの大切さを見直そう」、大司教・ヨセフ高見三明

ミサの重要な部分は「ことばの典礼」と「感謝の典礼」です。(中略)ミサにあずかるということは、救う力のある神のことばを語るイエスに耳を傾け、私たちを罪と死から永遠に解放するキリストの受難と死と復活の出来事にあずかり、その同じ主ご自身を直接いただくことです。(中略)ミサを大切を見直しましょう。主の復活の記念日である主日のミサはとくに重要です。その日、司教と主任司祭はそれぞれ自分の教区と小教区のためにミサをささげます。神の愛に応えキリストに生かされるために、ふさわしい心で、積極的にあずかりましょう。

 

浦上教会で司祭・助祭叙階式が行われた。ステファノ岩下和樹、ミカエル鶴巻健二、使徒ヨハネ山口竜太郎の3助祭が司祭にヨセフ熊谷祐司、聖アウグスチノ会アントニオ山野聖嗣の2神学生が助祭に叙階された。

 

在位26年、平和への使いとして世界130カ国を訪れ、また、諸宗教との対話を進めた第264代教皇ヨハネ・パウロ2世は、4月2日午後9時37分(日本時間3日午前4時37分)御父のもとへ旅立たれた。享年84歳。旧共産圏の教皇として選ばれ、多様化する現代世界に真理とは何かを説き続け、21世紀への扉を開かれた功績は言葉に尽くせない。葬儀は聖ペトロ大聖堂で8日巍然10(日本時間午後5)に行われ、弔問・葬儀におよそ400万人が集い、遺体は大聖堂地下に埋葬された。

 

復活教書、「平和を愛し求める心」、大司教ヨセフ高見三明

 

長崎教区は5地区に分かれていたが、長崎地区が長崎北、長崎中、長崎南の3地区に分割され、7地区となった。(教報)

 

教区経済問題評議会が設置され初会合が開かれた。大司教より任命書が各メンバーに授与され、カトリックセンターの利用法、教区費改訂のその後などについて話し合われた。(教報)

 

ドイツ出身のヨゼフ・ラッツインガー枢機卿(78)が第265代教皇に選出された。新教皇はベネディクト16世と名乗った。教皇庁教理省長官として過去24年間、教会の教義を保護した。(教報)

 

教皇ベネディクト16世の就任ミサは即位直後のバチカンのサンピエトロ広場でささげられた。参加した世界のカトリック信者たちが、新教皇への愛と従順を誓った。およそ35万人がミサ煮に参列し、130カ国以上からの代表団と、東方正教会や聖公会、プロテスタント教会からも代表が列席した。

 

教皇ベネディクト16世の長崎での就任祝賀ミサが浦上教会司教座聖堂で行われた。

 

雲仙殉教祭が雲仙メモリアルホールで開催された。高見大司教司式のもと、40余人の司祭団、1500人の信徒が参列、韓国から仁川教区長崔基山(チェ・ギサン)司教ほか4人の司祭も祭壇を囲んだ。(教報)

 

福江教会では、下五島地区ではじめての「朗読奉仕者講習会」(下五島地区信徒使徒職評議会・教区典礼委員会)が開催され、各小教区から約150人が集まった。参加者は発声・発音の起訴や聖書朗読の実際、共同祈願について学んだ。(教報)

 

倒壊したがれきの中から発見したマリア像を安置するために全面的に改装された浦上教会右側の小聖堂が完成し高見大司教によって祝別された。(教報)

 

被爆60周年平和祈願祭は、平和公園までタイマツ行列を行い、約2000人が参列して平和祈願ミサがささげられた。高見大司教は説教で「どんなに相手に非があろうと思っても、赦し、愛することが私たちキリスト者にとっての最大の平和への力です」と熱く語られた。(教報)

 

シノドス(世界代表司教会議)第11回通常総会が118カ国から256人のシノドス参加司教が出席して開催された。総会のテーマは「聖体(エウカリスチャ)―教会生活と宣教の源泉と頂点」。(教報)

 

浦上教会で教区主催の大司教による「聖体の年の閉年ミサ」厳かに行われた。

高見大司教は説教の中で、「聖体は神が人間と共に居てくださる再興の姿」であることを強調され、「これからも聖体から出発して聖体に帰って行くリズムを生きて行くことにしましょう」と呼びかけた。(教報)

 

高見大司教は、20064月、聖フランシスコ・ザビエルの生誕500年を迎えることから、この節目の年を「日本教会の歴史を振り返りつつ現代社会への宣教を考え熱意を高めあう契機にしたい」という趣旨のもとに「2006・ザビエル年」を設定した。期間は2005123日から1年間。(教報)

 

城山教会の山野聖嗣助祭は、高見三明大司教の聖別で司祭の叙階を受けた。同教会で行われた聖アウグスチノ修道会員の司祭叙階は、遠山満師以来8年ぶり。(教報)

 

 

2006

平成18

11

 

 

 

 

 

 

 

 

28

 〜9

 

 

212

 

 

 

331

 

 

 

 

48

 

 

 

 

4

 

 

 

 

 

 

 

4

 

 

 

4

 

 

526

 〜30

 

 

 

 

62

 

 

 

 

711

 

 

122

 〜3

 

年頭教書、宣教年間「2006・ザビエル年」、大司教ヨセフ高見三明

今年47日は、聖フランシスコの500回目の誕生日に当たります。またこの2月で、故ヨハネ・パウロ2世教皇さまが長崎にこられて25年になります。先祖が7代待ち続けていたパーパ(教皇)は巡礼者としてこられ、信仰と平和のメッセージを残されました。この節目を契機に、ザビエルから始まった日本とくに長崎の教会の歴史を振り返り、教区の現況をふまえ、これからの宣教のあり方を考えてみたいと思います。そのため、昨年123日より今年の123日までを「2006・ザビエル年」と称し、宣教年間としたいと思います。(教報)

 

司祭研修会が大司教館を会場に行われた。研修内容は、教区組織の再編の鍵を握る「地区評議会規約」と「教区評議会規約」を各地区で改めて検討し、最終確認をするためのものであった。(教報)

 

教区長ヨセフ高見三明大司教の主司式のもと、ヨセフ熊谷祐司(深堀)、洗礼者ヨハネ汐留義和()、マルコ大水恵一(コンベンツアル聖フランシスコ会、大水・曽根)が新司祭にヨハネ谷脇誠一郎(大崎)が新助祭が叙階された。(教報)

 

教区信徒使徒職評議会は1971(昭和46)年設立、約35年間、信徒を中心とした組織として、教区行事をはじめ研修会や講演会を主催して教区を支えてきた。地区においても各地区信徒使徒職評議会が中心的な働きをしてきたが発展的解消し、4月から「教区評議会」各「地区評議会」として発足することになった。(教報)

 

教区使徒職評議会は修了総会を開き、活動の歴史の幕を閉じた。教区信徒使徒職評議会は第2バチカン公会議で使徒職への信徒の積極的な参加が奨励されたことを受けて1957年に設立(使徒職協議会から1971年使徒職評議会に名称を変更)以来49年にわたって教区の発展と使徒的活動の推進に多大な役割を果たした。(教報)

 

復活教書、「教会組織を生かすのは愛」、大司教ヨセフ高見三明

信徒使徒職評議会が解散し、その諸活動と承認団体は今後教区評議会などに委譲されます。(中略)組織を生かし教会を愛の共同体とするのは神と隣人への愛です。とくに評議員は教会におけるリーダー役ですが、特権意識や名誉や賞賛のためではなく、ご苦労でしょうが、皆が教会の生活と働きに参加し、共に働くことができるよう配慮し、すべてにおいてキリストと教会と人間に対する無償の愛のあかしとして奉仕していただきたいと思います。(教報)

 

福江教会では、復活徹夜祭で7人の成人の洗礼と1人の幼児洗礼が、浜脇教会では1人の成人洗礼が行われた。福江教会で8人が同時に洗礼を受けるということはほとんどなく、浜脇教会では幼児洗礼を含めて約3年ぶりに洗礼式だった。(教報)

 

教区連合婦人会は25周年記念誌を発行した。各地区婦人会の19802005年までの

25年にわたる活動記録を掲載している。(教報)

 

駐日教皇大使アルベルト・ポッターリ・デ・カステッロ大司教が長崎教区を訪れた。5日間にわたって各地区の教会、殉教地などを積極的に視察し、教区の様子を一つ一つ確かめた。28日には、長崎3地区・上五島・下五島地区司祭団、修道女、信徒役員との歓迎会で、ねぎらいとますますの活躍を願う励ましのことばをかけられた。(教報)

 

5代福岡教区長ヨセフ松永久次郎司教は午前1時、福岡司教館の自室で脳出血のため帰天した。76歳。平戸市深川町生まれ。7711月長崎大司教区補佐司教に任命、7825日浦上教会にて司祭叙階。9010月福岡教区司教に任命、91115日着座。(教報)

 

コンベンツアル聖フランシスコ会、インノセント坂谷豊光神父、肺がんのため聖フランシスコ病院にて帰天。71歳。五島市久賀町生まれ。(教報)

 

教区の年間テーマに掲げた「ザビエル年」を締めくくる「2006・ザビエル祭」が、平戸文化センターを会場に行われた。2日には、「オペラ・ザビエル」が上演され、3日には会場までの祈りの行進と高見三明大司教主司式によるミサが行われた。

 

2007

 

平成19

11

 

4

 

61

 

年頭教書「188殉教者列福式と長崎邦人司教区80周年」大司教ヨセフ高見三明

 

復活教書「主キリストはすべての人の救い主」大司教ヨセフ高見三明

 

「ペトロ岐部と187殉教者」の列福が教皇ベネディクト16世の裁可で司式に決定した。


  
   
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