カレーに しびれる
「おい、このカレー、カレーのにおいのするや?」「いや、いっちょん せん。」「なんか、こうー、アクの強うなか?」「うん、おかしか……。」
だれが決めたわけでもないが、キャンプ中に一食はカレーライスと相場は決まっている。それが最初に登場した。食事班の、煙に悩まされながら文字通り汗と汗と涙を流して出来上がった尊い作品である。それにケチをつけるなんて、いくら仲間同志だからといっても許せない。
当然のことだがキャンプ場にはガス器具などない。ここでも炊飯のすべてをかまどでしなければならない。新・新人類はこのてのものに極端に弱い。神学校から積み込んできた薪(古椅子などの解体材)をかまどに並べたりかさねたりして、これに新聞紙をまるめては火をつけて放り込んでいる。だが、自然の道理はそう簡単ではない。無謀かつ大胆である。もうもうと煙が出るだけでかんじんの薪にはいっこうに火は移りそうもない。ことわりもなしに涙があふれ出るだけである。
酷なようだがこの種のことはしばらく苦労させた後、手を貸す方がよい。ころあいを見て化石は近くの枯れ枝を使って火をつけてやる。どうだ、まいったか。ナルホド!?
その、汗と涙の作品をたべている同じ口でケチをつけている。たとえ出来上がっためしが赤茶けた「キャンプめし」であったとしても、である。
ジュースを飲んでいた化石も、どんぶりに盛られた「作品を」いただくことにする。彼等の目が同意を求めていっせいに化石に注がれる。不審な顔つきで黙々と食べているのは食事班の数名だけである。彼等は目線をそらしたままである。何かがあった……。
「舌のしびれるごとある。」すでに食べ終わったひとりが言う。俺も俺もとみんながコミニュティ・スピリットを発揮する。化石はなんともないのかなと言いたげである。化石にはそのように聞こえるのである。この際、ことの真相を究明する必要がある。正直に感想を言う方がよい。正直の心に神宿るというではないか。「ほんとににおいのせんね−。ばってん、私のベロはどうもなかばい。」「素意や、神父様がぜんぶ食べてしもうとらんけんでしょう。」「そうかな。」
どんぶりの底が見えるころになって、化石の舌にも感覚が少々麻痺してきた。「こいや、なんのアクやろう。ひょっとしたらジャガのアクじゃなかと?」
不気味な沈黙のうちに化石も不思議なカレーを終わる。
とつぜん沈黙を破ったのは食事班のY君。それをきいて炊事場へ飛んだのはI君。「肉ばいためるとにつこうた油は……あいや どのアブラや?」
油の入った小びんを2本、I君が両手に持っている。心なしか青ざめている。
量の減っとる方がカレーにつこうたやつね、などといいながら、I君は蓋を取って確認する。両方とも指につけてみたり、においをかいでみたり……。ことの真相が明確になったとき、I君は身の危険を感じたのだろう。近くに彼の姿はなかった。
キャンプが近づいたころ、食事班の班長が化石のところへ経過報告にやって来た。化石は現地での買い物はしなくていいようにと、@米、調味料など、寮の厨房から出せるものは出来る限りそれで間に合わせること、Aほかのものは近くのストアでそろえること、の2点を彼に伝えた。なにしろ、キャンプ場は町の商店街から遠い。それに離島では、なにもかも値段が高い。忠実な班長は指示どおりに準備したのだが、同じ型の空きビン2本にサラダ油と食器洗剤ママレモンを入れ、目印もしないで他の準備に熱中したのである。そんなことを知るはずもないI君は、2本のうちの1本をもってきて「油」を焼き、肉をいため、しびれのきくママレモン・カレーをつくりあげてしまった!
化石のほうも反省している。サラダ油と食器洗剤ぐらい新しいものを買わせればよかった。両方とも中身は同じ色をしているではないか。同じビンに入れたらだれだって見分けがつくはずがない。間違えたI君に責任はない。しかし、ここでウジウジしていてもどうにもなるまい。それにしても、おなかの方はだいじょうぶかな?「おなかのゴロゴロいうごとある。」案の定、おいでなすった。
「こら、よう聴け。この中で一番おなかの弱かとは、私ぞ。自慢じゃなかばってん、1年まえは、おなかの調子のおかしゅうなって、2ヶ月あまり入院したぞ。まだ、ようなっとらんばい。やられるとやったら、私が一番先に痛うなるはず。私のおなかは どおーもなか。ママレモンばすこーし食べたけんて、そがん かーたんに おなかの痛うなるもんね。ほんとに痛うなったもんは夜中でもよかけん私に言うてこい」
「ママレモンを食べさせたのは……オレだ―――。」
いたたまれないのだらう。I君は闇の中でみんなから離れ、裏山に向かって叫んでいる。化石も胸が痛む。
だが、彼等はひとしきりI君をはやしたてた後、ディスコ調の音楽と騒ぎのなかであと片付けに余念がない。忘れてはならない。新…新人類はなにごともパフォーマンスしてしまうのが得意中の得意である。
いつのまにかI君もみんまに合流している。 |