献堂25周年記念想い出集
ライン


青少年

「子供達が想う教会」

純心女子高1年 井手絵里奈
 
 

  「私にとっての深堀教会って?」それは、幼い頃の私にとっては、友達をつくるための大切な場所でした。

 深堀教会は、区域がとても広いので、他の学校の子供、または、なかなか知り合うことのできない子供と仲良くなることができるのです。だから私は教会に来て遊ぶのを楽しみにしていました。もし、友達と出会う、こんないいチャンスがなかったなら、どうなっていたかなぁと思います。
さすがに、中学・高校ともなると教会に来る子供は減っています。今まで仲良くしてきた友達に会えないのは寂しいです。私も普通の子なら教会に行っていないはず。そんな私が毎週教会に行っているのは、聖歌の伴奏があるからです。

 ミサでの聖歌を弾き始めて早々8年がたちます。私が小学2年の時、Sr.田中からのすすめにより、今このように毎週の主日のミサで、たくさんの人の前で伴奏をしています。今の私にとっては、オルガンを弾くことはかけがえのないことです。たくさんの人の中で弾くのはとても気持ちがよいです。

 クリスマスは、聖堂内が満員状態になるので、オルガンの音と信者さんの歌声の響くその時のは、鳥肌が立つほどすばらしいものです。だからこそ、教会に行くのに一つも関心を持てない不真面目な私は、8年ものオルガン伴奏をやり通すことが出来たし、ミサにもあずかることが出来ているのです。

 誰だってそうだと思います。子供達にとって、毎週日曜日に教会に来てミサにあずかるという強い信仰を持つなどの堅苦しいことは好きではないと思います。実際、私だって、そうだったし、友達もそう思っていました。皆がそうだとは断定できませんが、ほとんどの子供はそのように思っているはずです。それに親に強制されて行くのも好きではないと思います。

 深堀教会は、他のどこよりも子供の人数が多いです。なのに、ミサに来る子供は一割程度ではないでしょうか。では、どのようにしたらたくさんの子供が毎週教会に通うようになるのでしょうか。そのためには、もっと楽しいことを増やすべきです。

 教会は、祈るためのものであって、楽しむものではないという考えをもっている人がいます。そんな考えは古すぎます。確かに教会は祈る場所ぐらいは小さな子供でも分かっています。しかし、子供は難しいことなど分かるはずがありません。それならば、楽しいことがあれば自然と子供の数が増えるはずです。

 山村神父がおられた時には、教会に来る子供の数はとても多かったです。それは皆が教会に来てエンジョイしたからです。例えば月に一度、教会に関するテストをして、点数が良かった人にはプレゼントをあげたり、毎週かかさず教会にきた子にプレゼントをあげたり、クリスマス会でクラスごとに発表会をしたり、信者でない子も誘ってゲームをしたり、数えきれないぐらい楽しい教会での生活を過ごしていました。

 この作文を書きながら、たくさんの思い出がよみ返ってきます。今はこんなのがなくなってしまって本当に悲しいです。「やはり山村神父様が若かったから そんなことが出来るんだよ!!」って考えるかもしれませんが、そんなことは関係ありません。信者さんと神父さまが、少しでも子供達に関心を持ってくれれば実現できるのです。やろうと思えば中学生、高校生、大学生の人も協力してくれるはずです。

 祈ることの大切さについては、私は純心学園に通っているから十分にわかっています。純心学園では、毎朝八時から世界平和を願って50年近くロザリオを唱えています。私も時間があれば、世界平和のために祈っています。

 深堀教会も、だんだん信者の平均年齢が高くなってきています。しかし、それに負けずぐらい子供もたくさんいるのです!! 子供達に、もっと目を向けてほしい。アンケートなどでもとって、明るい教会になってほしいです。

 子供は楽しいことから、いろんな事をまなびます。楽しい教会での生活を過ごせるなら、きっと子供達の信仰も強くなっていきます。私はこのような考えをずっと想い続けてきました。子供を代表して言わせていただきます。
 「子供がもっと主役になれる すばらしい深堀教会にして下さい!」
 

「侍者のこと」

三和中学2年 嶽星矢
 
 

  侍者をして印象に残っていることが二つあります。
一つは、小学3年生の時。侍者をするために、初めて朝ミサに行った日は、山村神父さまに言われたとおりに5時30分に聖堂について ずっと椅子に座って待っていたことです。
外は暗くて星がたくさん出ていました。聖堂では、もうシスターたちがお祈りをしていたのには驚きました。

 一週に一度でしたが、冬の寒い日には、朝起きるのがつらかったです。でも帰りは、自分の責任を果たしたという喜びがありました。いつも父か母のどちらかが車でつれてきてくれたことを感謝しています。
侍者をすることに慣れてくると、たまに遅刻をしたけれど、神父さまもたまに遅刻をしていました。こんな時(やっぱり神父さまも人間なのだな)と思いました。

 二つ目は、正月のことです。毎年、正月のミサが終わると、神父さまは、侍者みんなを司祭館に集めて「今年もよろしく」といってお年玉をくれました。とてもうれしかったです。この時ばかりは、「侍者をやっていてよかったな」と思いました。

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